2013採用情報

株式会社ライフネット難波


会長から

すでに私も65歳。若手経営者の育成を、最後の大仕事にするつもりです。
家業から企業への第一歩、
ライフネット難波をスタート

自ら畳をつくり、自ら軽トラックに畳を積んで、今日は四国へ、明日は関西へと、たった一人で畳を売り歩いてからすでに40余年の月日が流れました。現在からは想像もできないと思いますが、当時、まだまだ畳は一般に普及していなくて、飛ぶように売れたものです。
しかし、まだその頃は家業として仕事をしていたので、売上には自ずと限界があります。私は畳の原材料である「イ草」のことや畳の製造技術、そして、営業の方法などを身に付けた後、1986年にライフネット難波として正式に“起業”したわけです。

過労で倒れ、病院への向かう
救急車の中で考えたこと

ライフネット難波の設立後は、それなりの紆余曲折はありましたが、人材を採用し、組織をつくり、製品開発や営業、さらには店舗の出店など、順調に成長できたのではないかと思います。私自身、仕事が大好きですから、好んで仕事の虫となり、常に先頭でがんばってきた自負もあります。しかし、そんなある日、日頃の無理がたたって、倒れてしまいました。幸い、大事には至らなかったのですが、救急車で病院に運ばれる途中“私に万が一のことがあったら、会社はつぶれるかもしれない”とぼんやり考えていました。そうです、その頃の私には後継者を育てるという視点が抜け落ちていました。

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代表取締役会長 難波 利弘

1945年、倉敷市に生まれる。「イ草」生産の盛んな当地における地の利を生かして、1966年、21歳の時、「難波農事有限会社」を設立。また、1986年、41歳の時に現在の「株式会社ライフネット難波」として法人化。家業が中心であった畳業界に企業としての考え方を持ち込む。現在65歳。


私がどんなにがんばっても1馬力。
後継者を育てないと…

災い転じてなんとやら、私はこの経験から“後継者を育てる”ことの重要性にやっと気が付いたのです。考えてみれば、どんなにがんばっても社長個人としての私は1馬力です。しかし、後継者をしっかり育成すれば10馬力にも100馬力にもできるのです。経営的な安定も盤石になります。
また、社員の立場からいっても、オーナー企業に勤め続けるよりも、がんばれば自分が社長になれるような企業で働くほうが幸せに決まっています。そんなふうな考え方で、私は経営の方向転換を行いました。今から約10年前の決断でした。

培ってきたノウハウを若い人材へ
難波経営塾で最後の大仕事

私が考えるビジョンは、全国55のエリアで新会社を立ち上げ、グループ企業として250億円の売上を持つ業界ナンバーワンの存在になることです。そして、これは即ち、社員一人ひとりが高いモチベーションを持って楽しく働ける企業環境の創造という側面もあわせ持つものです。これが実現できれば本当にすばらしい。私は、この実現のために、有形無形のさまざまなノウハウを未来を担う若い人材たちに継承していきたいと考え、「難波経営塾」の取り組みを始めています。すでに私も64歳。期限を10年以内と定め、経営者育成という最後の大仕事を成し遂げたいと思います。


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